「にわあそび・ときどき旅」

身近な観察、日々のこと、旅のこと・写真でつづり書き散らかしていきます

モンスーンカルカッタ 

モンスーンカルカッタ

このブログのとりあえずトップ画像(↑)になったのがこの写真、1989年・雨期ののカルカッタである
もうすでに20年以上前になるのが信じられず、、、己のおやぢを確信し笑っちゃうしかないのである

治水のまるでなっていない街はモンスーン期になるや巨大な洪水地帯と化す
40度超える高温さらに高湿相まり大細菌培養土壌と成り果てるのだ
あふれた水からはなにやら不気味なあぶくが沸々とわき立ち目に見えない生きものの予感をさせられる
この後数年まで「世界最悪の街」の称号を欲しいままにし数々の伝説を残してきた
そんな街がカルカッタ(現コルカタ)なのである

フリークス品評会とも称され、見る人が見たならばきっと地獄絵としか見えなかったであろう
無数の乞食たち、そんな乞食たちも今では随分少なくなったし
写真にあるカルカッタ名物人力車も残念ながらあと数年で消えゆく運命だ、、、

90年代に入ると自国産業保護により唯我独尊鎖国状態だったインドも一転開放に転じて
様々な国際交流、国際大会も開かれるようになっていく
そして大きな国際大会が開かれる前になると、さすがにこれでは体裁が立たんぞとインド当局せっせと動き
無数の乞食を街で拾ってはトラックの荷台いっぱいに載せ、不毛のデカン高原まで捨てに行ったという、、、
そんな噂話が長旅バックパッカー達の間ではまことしやかに囁かれていた

放送禁止レベルの様々なフリークスを満載したTATAボロトラックが灼熱地獄のデカン高原へとひた走る、、、

人道的にどうのという話は抜きにして、こんなフェリーニでも描けない様なリアルスティクが現実にある
またその反面マザーテレサの聖的な活動がこの地から生まれ、詩聖タゴールもこの地をモチーフとし創作した
相反する全てのカオスを隠すことなく表出していた街、それがカルカッタなのであった

この街に住まうのは長旅に疲れ痛められボロボロ。そんな旅人だらけなのであったが、何故か人気も高かった
若い旅人から年老いた旅人までがさまざまに濃ゆく
自称ミュージシャン、自称アクターにカメラマンにもの書き、脱サラに絵描き
語り尽くすのは難しいほど個性的というか、、、かなりはみ出しているタイプがこの街には多かった様に思う

そんな世界各地からのバックパッカーを引きつける此処にしか無い強烈な凄みが確かにあったのだ
その凄みにあてられ心身共にノックダウン
二度と旅になど出なくなってしまう者ももちろんあったのだろうし
逆にその凄味が四肢に沁み渡り中毒
忘れようにも忘れられず幾度となく旅に出るようになった者もあっただろう

そんな旅中毒者はみなカルカッタを愛していたのだし、ワタシもその一人だったと今では思う

(写真/Nikon F3/Zoom-Nikkor 35-105mm f/3.5~4.5)
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