「にわあそび・ときどき旅」

身近な観察、日々のこと、旅のこと・写真でつづり書き散らかしていきます

回想・スリナガル2 


振り返りはじめてしまった初期のインド旅
今回もインド北部ヒマラヤの入り口、ジャムーカシミール州のスリナガルにて続きます


モンスーンの季節、スリナガルの安宿ハウスボート滞在中激しい風雨が襲った

スリナガル

安ボートがずらっと並ぶジェラム川の水位もみるみる上がり
安ボートの雨漏りも酷く、いくつかのハウスボートは増水で係留ロープがちぎれ濁流を流されていった
ハウスボートは動力を持たない大きな屋形船であるから流されてしまったら対処法はない

とにかく大雨の間カシミーリー(現地人)達の大声が飛び交い、悲鳴と共に泣けや騒げよの大パニックである
「おいおいモンスーン季は毎年のことじゃないのかよ」と冷静なのは旅人ばかり

夕にはおおかた猛烈なスコールも上がり

スリナガル

大きな虹が空をまたぐ、かの国は気候も激しく極端なのである

スリナガル

翌日、見慣れた辺りの景色は一変していた。酷いと完全水没、良くて床上浸水。とにかく辺りは水浸しだった

スリナガル

それでも徐々に水位は下がっていく
すると現地カシミーリー達がニッコリしながら顔を出し

スリナガル

昨日この世の終わりの如きテンションで奮闘していた安ボートオーナー親父マホメットも急転ガッツポーズ

スリナガル

にしてもここに上げるのが申し訳ないほどのボロ宿だった(↓は浸水前の母屋である)
宿代は朝晩2食付きで25RS、レート換算250円程だったと記憶している
当時のスリナガルで日本人が多く集った安ハウスボート、その名もハウスボート「 JAPAN 」である・笑

スリナガル

川に浮かぶしょぼいハウスボート部分にバックパッカー旅者は住み食事時には陸の母屋に上がって集った

夕食は宿母さんお手製サブジ数種類にカレー数種が大皿で床に並び、それを車座の皆で取り分けた
朝食はカシミールロティに特産のハチミツ、ミルクの入らないカルダモン浮かべたカシミールティーが付く
たまになんの祝いなのかヒツジを一頭潰してノンベジも出たし、とにかく腹一杯食べられた

スリナガル

今思い返してみてもここに棲まう旅人は特別に濃かった
サドゥ化した超ベテランからヒマラヤ登山家に世界を股に掛ける鉄ちゃんなどなどなどのツワモノだらけ
20名程いた旅人のキャラ濃度は半端なく、中で日本を引きずった甘ちゃん初心者1名、それがワタシだった

いよいよ水が引いてくると安ボート一家総出でここぞとばかりに母屋の水洗いがはじまった
あっけらかんと大掃除なのである

スリナガル

毎年モンスーンで同じ事は起こるのだし水位が上がるのなら根本解決として母屋の場所を何故動かさないのだ
何故に災害レベルを繰り返す、、そんなふうにまだ日本人脳の残る初心者は考えたりもしたが
自然のエネルギーと共に喜怒哀楽を爆発させるカシミーリー達に圧倒され、それはあまりに生き生きと映った

つごう3週間ほど滞在したであろうスリナガルの安ハウスボート
あれから四半世紀が過ぎ、みんな元気にしているだろうか?

(写真/Nikon F3/Zoom-Nikkor 35-105mm f/3.5~4.5)

関連記事

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://atelieraoyama2.blog54.fc2.com/tb.php/332-30254a49
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)