「にわあそび・ときどき旅」

身近な観察、日々のこと、旅のこと・写真でつづり書き散らかしていきます

湖東小旅・近江八幡 


さらにしれっと湖東小旅が続きます。今回は琵琶湖東岸の街、近江八幡です
このところ旅ものやっても旅終わりまで書けたためしがありませんが、、行けるところまでいってみたいと思います

近江八幡は豊臣秀次が築いた城下町、いわゆる近江商人発祥の地ですね
近江八幡
それでは土地の信仰を集め火祭りでも有名な日牟禮八幡宮から歩きはじめてみます

豊臣秀次の居城となった八幡山城は築城10年で秀吉の命による秀次切腹にて廃城そしてその一族をほぼ粛正
この辺り一帯の歴史はあまりにも激しいのです

天守無き八幡山山上へと続くロープウェイを眺め、ものの哀れを感じつつ、、、先へ行きます
近江八幡

近江八幡と言うと近江兄弟社のご存じ「メンタム」だったりもしますが
近江八幡

甘味屋の「たねや」も全国区でしょうか
近江八幡
とりあえずその洋菓子部門「クラブハリエ」を偵察しつつ、先へとすすみます

嬉しいことに桜ぴったしタイミングでした、八幡山城廻りを巡らせた「八幡堀」沿いを散歩してみます
近江八幡

幅員約15メートル、全長6キロメートルに及ぶお堀です
堀は城防御の軍事的な役割と共に物流の要として琵琶湖の水運利用、商業的役割も兼ねていました

近江八幡

八幡山城廃城後も江戸時代近江商人の物流に大いに貢献
当時は品物を積んだ船が行き交いさぞやの活気だったことでしょうね

近江八幡

堀沿いの遊歩道をゆけば白壁の土蔵や旧家が建ち並んで絵のように決まります

近江八幡

暴れん坊将軍、鬼平犯科帳等々時代劇のロケ地にもたびたび出てくるそうです

そんな近江八幡を代表する景観「八幡堀」ですが、1970年には全面埋め立ての計画がありました

近江八幡

ヘドロが溜まり悪臭を放つので堀を埋めて駐車場と公園にするといった計画でした
しかし反対市民活動が立ち上がり八幡堀復活を求める署名運動・自主清掃活動などで計画の撤回を迫ります

近江八幡

当時の八幡堀保存運動は八幡市民全体の運動へと展開していったそうです

高度成長期、、、あらゆるものを無頓着に軽く捨ててしまった時代ですからね、、、
良かったですよね、当時の一部の方々の懐肥やしのために壊してしまうことにならずに残せて、、、

おかげで今では天守閣無くともそのお堀風情で全国から大勢の人が集まっています

近江八幡

当時市民が立ち上がってお堀埋め立てにもしも反対していなかったら今の近江八幡は無かったかもしれませんね

かつての城主秀次が遺した土木建造物その景観が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されることも
甘味屋「たねや」のここまでの繁栄だって無かった事かもしれません

ワタシタチにとっても桜咲くお堀の遊歩道は近江八幡とが記憶に残るそんな春の散歩道となりました

(写真/Olympus E-5/Olympus E-PL3/ZD 11-22mm F2.8-3.5/G20mm F1.7)

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