「にわあそび・ときどき旅」

身近な観察、日々のこと、旅のこと・写真でつづり書き散らかしていきます

にわに咲く花・May 

五月に咲く花
この季節華やかなのはクレマチスで↑は小輪がたくさん付いて

↓は大輪種ですがそれでも結構咲きます、どちらも名は失念しました
五月に咲く花

おっきな深紅、バラの季節ですね
五月に咲く花

セージについた花にはハナバチ
五月に咲く花

ネギボウスにはウリハムシ
五月に咲く花

虫撮りが楽しみの季節ですが、、相も変わらずニャンコ軍団に嬉々として邪魔され続けて、、、連敗中です

ロベリア、半耐寒性の植物が平気で多年化するのも温暖な三浦半島だからこそ
五月に咲く花

忘れた頃ににょっきり出てくるアイリス
五月に咲く花

野草と共に月見草が咲いて
五月に咲く花

野草の如きマーガレットは暴れ
五月に咲く花

紫蘭はひっそりとした佇まい
五月に咲く花

何故かツユクサを撮ると楽しいというか安心するというか、、、もしかして好きなのでしょうか?
五月に咲く花

面白そうだからと植えてみた新手のムスカリはムクムク開いてこんなんなりました
五月に咲く花

暑くなく寒くなく適度な湿度でいい季節、、やっと素足で楽ちんです (^^ )

(写真/Olympus E-5/ED 50mm F2.0 Macro/1.4x Teleconverter EC-14/LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4)

湖東小旅・湖東三山 


湖東小旅モノはまだ続く、、ということで今回は湖東三山
琵琶湖の東岸に位置する湖東三山は西明寺、金剛輪寺、百済寺の総称、、、天台宗の名刹だそうです

土地で「お多賀さん」と呼ばれ親しまれている「多賀大社」お参り済ませて寺社巡りはスタート

湖東三山

「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」
そんなことも言われている多賀神社でした

湖東三山

さて湖東三山巡りです、はじめに龍応山西明寺

国の名勝庭園指定「蓬萊庭」本坊庭園を抜けたら山門までの登り坂

湖東三山

むした苔が美しい径を行けば二天門、迎えるは七難即滅を願う大わらじです

湖東三山

それにしても国宝、重文の多いお寺でした

国宝第一号指定という本堂ではお寺の方の案内付きました
撮影不可でしたのでお見せする事は出来ないのですが鎌倉前期仕様という本堂の造りは素晴らしく
そのくすんだ雰囲気はどこかチベット地方のゴンパ(チベット仏教寺)を思わせます
本堂に居並ぶ仏像彫像群がまた素晴らしく
彫像のパーツを見ていくとヒンズー教のストーリーや密教の様式、古来の自然宗教までが入り交じり
この時代西方から流入した様々な人気の信仰様式を従来型にダイナミックに取り込み融合させていった
そんな姿が見てとれました

国重要文化財である二天門に立つ持国天と増長天、こちらも重文だそうです

湖東三山

精緻であって構造的、威圧的かつ均衡があります、、鎌倉後期作と言われています

いまや日本を代表する文化の一つとでも言いましょうか、、フィギュアモデルですね
その原型開祖を思わせるこの流動的な造形と作り込み、、、

湖東三山

時代を経た木地じゃ無ければ出ない風格です

湖東三山

宗教彫像はその座から持ち出して美術館で鑑賞するというのでは、それこそ美術工芸品になってしまいます
やはり宗教彫像は本来の座に在り「その場の気」をまとってこその存在、、現場で感じるに限りますね

本堂となりに立つ檜皮葺きの三重塔も国宝、鎌倉時代後期作と言われます
内部の壁画が凄いということなのですが限定公開ということ、、、残念でした

湖東三山

ところで本堂を案内して下さったお寺の方からお話を聞きました、、、

「さて当山の秘仏です、、、こちら湖東三山には秘仏なる本尊薬師如来立像がありまして、、
 それはもう住職一代に一度だけの開帳が許されているという秘仏本尊なのでございます
 そこで、、ご参拝の二人はすでにご存じのことと思いますが、、、その秘仏ですが、、、
 明日から公開になります、、しかも湖東三山三寺院それぞれが持つ秘仏、その同時公開、明日から、、、」

知りませんでした、、、まあ下調べをしないのはいつものことですね

湖東三山

この上なく空いた境内をゆったり回ったなぁと思ったらそういうことでしたか、、、

なんにしても滅多にない日ということですね、それもいいでしょう
この場の場合にぎやかよりも静寂が良い、、そう思いつつ湖東三山の次、松峯山金剛輪寺へと向かいました


(写真/Olympus E-5/Olympus E-PL3/ZD 11-22mm F2.8-3.5/LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4/G20mm F1.7)

湖東小旅・八幡水郷  


今回は近江八幡の水郷、湖東小旅の続きです

八幡水郷

野焼きに遭遇しました、葦(ヨシ)原を焼いています

八幡水郷

琵琶湖の内湖である西の湖廻りに大小の入り組んだ水路が巡っています

八幡水郷

この辺りでは生を水と共に葦と共に営む、そんな水郷文化があります

八幡水郷

刈り取った葦を束ねて乾燥中、のちに葦は様々な形で使われます

八幡水郷

よしずに屋根材、肥料、燃料、食料、生薬原料、漁具、葦ペン、葦笛、紙の原料等々と多種多様

土地の祭礼にも盛大に葦が使われていました

八幡水郷

葦の生育場は泥が集まり蓄積する干潟や汽水域、自然浄化作用を持って有機物の分解を多く行う場所でもあります
また鳥やカニや貝類に小魚等様々な生物のよりどころ、広大な隠れ家になります

八幡水郷

水郷では音も無く水面を滑る手漕ぎの舟が似合います

八幡水郷

訪れた頃合いも良く水郷の桜は満開でした

八幡水郷

そんな春爛漫の水路を観光舟がゆっくり行きます、舟からは楽しげな西の人の声が響き

八幡水郷

じつに長閑でゆっくりさんな空気が辺り濃厚に漂います

八幡水郷

湿地生態系と住民の共生した景観がフィットして滞在中何度か通うことになりました
絵になる土地と思います

(写真/Olympus E-5/ZD 11-22mm F2.8-3.5/ED 50-200mm F2.8-3.5)

湖東小旅・近江八幡 


さらにしれっと湖東小旅が続きます。今回は琵琶湖東岸の街、近江八幡です
このところ旅ものやっても旅終わりまで書けたためしがありませんが、、行けるところまでいってみたいと思います

近江八幡は豊臣秀次が築いた城下町、いわゆる近江商人発祥の地ですね
近江八幡
それでは土地の信仰を集め火祭りでも有名な日牟禮八幡宮から歩きはじめてみます

豊臣秀次の居城となった八幡山城は築城10年で秀吉の命による秀次切腹にて廃城そしてその一族をほぼ粛正
この辺り一帯の歴史はあまりにも激しいのです

天守無き八幡山山上へと続くロープウェイを眺め、ものの哀れを感じつつ、、、先へ行きます
近江八幡

近江八幡と言うと近江兄弟社のご存じ「メンタム」だったりもしますが
近江八幡

甘味屋の「たねや」も全国区でしょうか
近江八幡
とりあえずその洋菓子部門「クラブハリエ」を偵察しつつ、先へとすすみます

嬉しいことに桜ぴったしタイミングでした、八幡山城廻りを巡らせた「八幡堀」沿いを散歩してみます
近江八幡

幅員約15メートル、全長6キロメートルに及ぶお堀です
堀は城防御の軍事的な役割と共に物流の要として琵琶湖の水運利用、商業的役割も兼ねていました

近江八幡

八幡山城廃城後も江戸時代近江商人の物流に大いに貢献
当時は品物を積んだ船が行き交いさぞやの活気だったことでしょうね

近江八幡

堀沿いの遊歩道をゆけば白壁の土蔵や旧家が建ち並んで絵のように決まります

近江八幡

暴れん坊将軍、鬼平犯科帳等々時代劇のロケ地にもたびたび出てくるそうです

そんな近江八幡を代表する景観「八幡堀」ですが、1970年には全面埋め立ての計画がありました

近江八幡

ヘドロが溜まり悪臭を放つので堀を埋めて駐車場と公園にするといった計画でした
しかし反対市民活動が立ち上がり八幡堀復活を求める署名運動・自主清掃活動などで計画の撤回を迫ります

近江八幡

当時の八幡堀保存運動は八幡市民全体の運動へと展開していったそうです

高度成長期、、、あらゆるものを無頓着に軽く捨ててしまった時代ですからね、、、
良かったですよね、当時の一部の方々の懐肥やしのために壊してしまうことにならずに残せて、、、

おかげで今では天守閣無くともそのお堀風情で全国から大勢の人が集まっています

近江八幡

当時市民が立ち上がってお堀埋め立てにもしも反対していなかったら今の近江八幡は無かったかもしれませんね

かつての城主秀次が遺した土木建造物その景観が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されることも
甘味屋「たねや」のここまでの繁栄だって無かった事かもしれません

ワタシタチにとっても桜咲くお堀の遊歩道は近江八幡とが記憶に残るそんな春の散歩道となりました

(写真/Olympus E-5/Olympus E-PL3/ZD 11-22mm F2.8-3.5/G20mm F1.7)