「にわあそび・ときどき旅」

身近な観察、日々のこと、旅のこと・写真でつづり書き散らかしていきます

久里浜の花火 


花火シーズン真っ盛り
ワタシタチも少し前になりますが久里浜の花火に出かけてみました

久里浜花火

混雑する海沿い花火大会は機動力でスクーターが有利
ご近所感覚の久里浜ですから2人乗りでチンタラ出かけます

しかしワタシタチ久里浜の花火をナメてましたね、、、予想を超えるすごい人出です

ローカル気分でのんびり花火でも撮ろうと思っていましたが、、、

久里浜花火

チンタラ出かけたワタシタチには当然落ち着く場所も無く
なんとかミニ三脚をセットしてみるも人影や漁具が見切りまくって、、、

こんな調子ですからさっさとバルブ撮影を諦め、場所を移し手持ちでパシャリ

久里浜花火

打ち上げ場所は久里浜港のフェリー桟橋付近から

ラストを飾る大しだれも手持ちじゃこの程度でしか写りません、、、と言うべきか

久里浜花火

この頃のカメラは手持ちでもこの位は撮れてしまう、と言うべきなのか、、、

ともあれご近所平日のったり散歩コース久里浜とはまるで違う熱気に押され
海岸通り、この人混みの波に突入することも無く

久里浜花火

プーンとスクーターの音響かせ帰路10分の道のり、大人しく帰ります

地元をナメてちゃいけませんね!
久里浜の花火、来夏リベンジ必至となりました (^^ )

(写真/E-PL3/G VARIO HD 14-140mm F4.0-5.8/LUMIX G VARIO 20mmF1.7)

YOKOHAMA散歩 


街に興味を無くしてしまってから久しいのですが、ついでの用事もあったので横浜をブラついてみました

YOKOHAMA

山手あたりの西洋庭園です
暑く汗が吹き出る一日でしたが、あたり中でシニアの方々が高級一眼レフ片手に楽しんでいました
シニアの方々、みんな元気です!、、、
この頃はシニア女性の一眼レフ持ちも多いのですね(ミラーレスじゃないよ、大っきなレフ機だよ!)

港の見える丘公園から見た港方面なのですが、、こんな感じだったっけなぁ〜

YOKOHAMA

二十歳前位まではよく来ていたんですけどね、、ずいぶん前過ぎてなんだかよく覚えていません、、、

甘酸っぱい時分ですから、、なんとなくいつも連れて来られていたのかもしれません、、、

YOKOHAMA

横浜人の小田和正がこの辺りをモチーフに曲を書いて、みんなが口ずさんでいた。そんな頃ですね

横浜元町も以前はずいぶん来ましたがこちらもまるで行かなくなりました
当時からなにが面白いのかさっぱりわかりませんでしたが、今でもやっぱりわかりませんでした

YOKOHAMA

ここのあたりは自分のセンスに欠けているところなんだと思います (^^)

山下公園に着く頃には苛烈な夏の太陽も沈み、みな夕涼みを楽しんでいました

YOKOHAMA

山下公園といえば氷川丸、ですが今はみなとみらいのビューポイント。夜景が良さそうです

マリンタワーと噴水を眺めたら中華街を歩いて雲南のお茶いくつかをお土産にして、、、

YOKOHAMA

なんだか横浜デート王道コース、、、そんなとても気恥ずかしい散歩になってしまいました<(_ _)>


ところで日曜日は参議院選挙ですね、、今回も自民大勝と聞こえてきますがあれは本当なのでしょうかね?
ワタシにはまったく意味不明理解不能なのですが、、、どうあれ自分の一票を投じて来ます!!

(写真/E-5/ZD14-54mm F2.8-3.5 II/ZD11-22mm F2.8-3.5)

月下美人の開花 

今年も庭の月下美人が咲きました
マザー株やいくつもの差し芽株鉢にもあちこち花芽が付いて

月下美人の開花

いったいいくつ咲かせるつもりなのかな?頑張りすぎなんじゃない?

そう思っていたら適当に自ら花芽を落としましたが
残った花芽は順調に膨らんで

月下美人の開花

今晩咲くのだな、、、それはわかっていたものの

その日の帰りは遅く少し萎みかけの花姿となってしまいましたが
例年の決まり事ですから深夜ごそごそカメラを持ち出しました

月下美人の開花

それにしても毎年思うのですが
幾鉢にも分かれていながらまったく同時にその一夜を選んで咲くのは何故なのでしょう?

小鉢に差してまだ仕立て前の小さな株にもあちこちで花が付き
庭まわりにはすぐにそれとわかる月下美人の強い芳香が漂い続けています

月下美人の開花

今年1回目の開花は一輪だけ翌晩に持ち越しましたが
やっぱり他の花たちは同じ時間の1晩のみ、全て同じペースで咲き切りました

月下美人の開花

同時にまたは一斉に放卵産卵受精をおこなう生き物は案外多いものですが、、、

あの晩は月下美人の開花を促すなにか自然界のサインのようなものがあったのでしょうか?

もしくは皆が同時に咲くことによってその芳香をより強め、闇夜に目立つ白い花をさらに際立たせて
受粉媒介する花蜜食・花粉食のヘラコウモリへ月下美人から送るサインということなのか?

それぞれの株がどこからか同じなにかを感じ取っている、、、いやいやDNAに刻まれたプログラム??

やっぱり毎年のことでもさっぱり判らないのですが、、、
実は判らないから良いのかもしれない、そうとも思えます

(写真/E-5/ZD14-54mm F2.8-3.5 II/FL-36)

四国周遊旅・道後温泉 

道後温泉

愛媛松山に到着、となれば道後温泉です

初めて来たのが美大3年時分だったのは覚えていますが、、あれから何度目の道後温泉になるでしょうか?
ずいぶん時は流れましたがこの辺りの印象はさほど変わりません

道後温泉は階級制になっていていくつもクラスが用意されていますが
ささっとひとっ風呂浴びたいのですから、、いつものようにワタシタチが選ぶのは神の湯入浴のみ

道後温泉

重厚なひとっ風呂を浴びたらこれから2人には重要なミッションが待っています、、、

長年の仲間である湘南界隈の絵描きさん達の数多くがお世話になった額縁屋さん
正確には現在松山在住の元額縁職人さんですね、、「その元額縁屋さんに会う」、、、

重要なミッションです (^^)

地元神奈川の海沿いで待つ仲間達の期待を背中に感じつつ慎重にミッションを進行します
坊ちゃん列車も走る伊予鉄道後温泉駅辺りで待つことしばし、、、

道後温泉

さすが松山市内育ち、、自転車でさっそうと登場です

ここは有名観光地道後温泉、、、定番記念撮影ポイントの時計台の前でなんとなく3人お喋りしていると
「シャッター切りましょうか?」旅のお嬢さんからの親切なお声掛け

それはいい!、、ぜひっ!とお願いします

13.7.9道後温泉 1 (1)

、、、残念!、、盛大にブレてしまったようです

今治風焼き鳥屋から始めてみます
旅で何度か来ていても観光地で飲むなんてまずありませんから、、、なんだかいい感じです

道後温泉

今治風焼き鳥屋の女将が「あらま、旅の人?それなら記念に写真を撮りましょう!」
またもや親切なお声掛けです

いいですね〜!、、ではではお言葉に甘えて、、、はいチーズ

道後温泉

、、、残念、、またもや盛大にブレてしまったようです

まあ記念写真ですからこのくらいの方が楽しいのかもしれません

今治風焼き鳥屋を出て店を変え
チャンバラ貝、亀の手、手長蛸煮、、そんなものをつっつきつつ杯をどんどん重ねます

道後温泉

しだいに絶好調に上がっていく元額縁屋さんがなんだか寅さんに、、、
気のせいか「松山の寅さん」に見えて来ました (^^)

宴は深夜まで続き
観光地道後の居酒屋支那そばという絶妙B級で締めてお開き

道後温泉

観光客でいつも賑わっている道後温泉本館もこの時間です、ひっそりとしています

道後温泉

明日は地元民の元額縁屋さんが松山城を案内してくれるといいます
お言葉に甘えて、、あら珍しい、3人での松山観光です・笑

(写真/E-PL3/LUMIX DMC-GF1/LUMIX G VARIO 14-45mm/F3.5-5.6/LUMIX G VARIO 20mmF1.7)

四国周遊旅・内子 


伊予の大洲を離れ隣町の内子に入ります

内子は江戸の頃からハゼ(ウルシ科の植物)の流通で財をなした商家の町並みが残る町です

大洲と内子

すでに1970年代後半から古い町並みの保存に取り組みはじめ、、、内子はその方面での草分けになります

考えてみれば高度成長期からバブル期の中
古いモノを守って街の活性化を!そんな発想はなかなか出てこなかったと思われます

新しくてピカピカが正義、古いモノは汚い、、、そんな時代でしたからね

大洲と内子

「町並み」という言葉すらまだ一般的でなかった時代に、古いモノを生かすという流れがはじまって

今は町並みだけに収まらずもっと大きく場をとらえた「村並み」という概念を内子は目指しているそうです

大洲と内子

その甲斐あって内子町は活性化されているようですが

こちらに再訪のワタシタチにはどうも以前よりキレイになってしまって、、、
ちょっとなぁ〜なんだかなぁ〜、、、と言う具合なのでした

大洲と内子

ところで内子といえば「伝統の和ロウソク」ガイドブックにもネットでもそう出ています

「内子では江戸時代後期から200年以上の和ロウソク作りの歴史を誇り
 今もなお昔ながらの伝統工法で時間をかけて手作りしています」

たいていどこで見てもこんな感じの紹介でしょうか
ガイドブックにも美しい和ロウソクの写真が内子のメインを飾るように並んでいます

大洲と内子

まあワタシタチも「内子は和ロウソク」普通にそう思っていました

ところがたまたま入った一軒のシュロ箒屋で職人に聞けば「それはまったく違う!」と言うのです

内子は和ロウソクの原料としてハゼを流通しただけであって和ロウソク自体は作っていない
内子は商家で栄えたのであって職人で栄えたのではない、ましてロウソク作りで栄えた街は日本中にひとつも無い
町おこしの目玉に和ロウソクがまつり上げられただけのことで、、伝統の和ロウソクはウソ!

そうまくし立てながらシュロ箒職人は店先にある張り紙を読んで!と言います↓

内子の張り紙

和ロウソクで売り出している小さな町でこの張り紙にこの言いっぷり、、、

「大丈夫なんですか?」そう問うと

キッと睨んで
「なんで?、、本当のことを言っちゃいけないの??」

、、、そう言われてしまいました、まったくもってごもっとも・笑



実際に町役場の役人が「町として非常に困る」と、何度となくその旨伝えに来ているそうなのですが
この張り紙の内容自体について否定されたことは一度もないそうです

なかなかのオッちゃんでした、内子印象はシュロ箒のオッちゃんで決まりです(^^ )

オッちゃんは伝統工芸士で県宝でもある長生さん
しかも彼は内子の町並み再生に最初から携わった内子再生創始者の一人なのでした
町役場の役人が長生さんに頭が上がらないのもうなずけます


それにしてもなにがホントかはワカラナイものですね!

こんなケースは他にもいろいろありそうです
歴史だってそのときどき都合のいいように書き変えられているのでしょうし

いつだって、、、本当のことは藪の中です

(写真/E-PL3/ZD11-22mm F2.8-3.5)