「にわあそび・ときどき旅」

身近な観察、日々のこと、旅のこと・写真でつづり書き散らかしていきます

上州秋旅・新治村 


群馬県北部を巡った小旅、、上州秋旅です
今回の小旅前半はみなかみ地方にある旅友のおばさん宅にお世話になりました

新治村

その昔はお蚕さんの土地らしく養蚕農家様式の家屋も多く見られます

屋根最上部に設けられた蚕飼育室換気用やぐらのスタイルも様々で
新治村
旧家を改装して物産屋や道の駅などにも使われていました

この辺りは2005年の合併でみなかみ町となっていますがもともとは新治村でした
新治村
よそ者の戯言かもしれませんが地方合併で多々地名が消失し情緒的にも実際的にも不便に感じております

温泉天国群馬です、当然おばさん宅から直近に立派な立ち寄り湯もあって
新治村
ありがたく毎晩温泉に浸らせていただきました

立ち寄り湯の食堂にてカミナリ丼
新治村
なまずはくせ無く淡泊で適度な脂のり、国によっては高級魚。美味しゅうございます

おばさんが家からほど近い滝へと案内して下さいました
新治村

車止めから歩きはじめるとすぐ「ああ、これはいい森だなぁ~」と、、、そんなところです

新治村

程よく苔むし美しい深山の趣ですがここはみなかみ、深い山そのもの深山への入り口

新治村

不動滝です、水量は多くないものの辺りの岩盤造形美と合わせて見応えのある滝でした

新治村

滝マニアならともかく一般の観光客はあまり来ないようなところです
旅友のおばさん、素敵なおもてなしをありがとうございました

それにしても「田舎に泊まろう」に入り込んだような、そんな時間でした

新治村

切り取れば絵になるような普通の田舎道があって、どこを見ても地の方が咲かせた花が揺れていました

新治村

ただの飾らない田舎、あたりまえの里山に触れるチャンスをいただいて

新治村

辺境の都市部といいますか所謂ベッドタウンに育ち、まっとうな田舎を持たないワタシタチにとって
これは嬉しい出来事なのでした

(写真/Olympus E-5/ZD 11-22mm F2.8-3.5/Olympus E-PL3/LUMIX G VARIO 20mmF1.7)

上州秋旅・土合駅 


前回までの高原小旅を終えステージ変わって
群馬県北部を巡った小旅、、上州秋旅となります

いろいろあった小旅ですが、まずは上越線のJR土合駅から始めます

土合駅

土合駅と言うと山やさんなら谷川岳の登山駅、天神平へ向かうロープウェー近くの駅となりますが

「日本一のモグラ駅」そう呼ばれているもう一つの顔を持っています
土合駅
土合駅
改札前の張り紙↑、、下りホームまで486段の階段を下る、そう書いてあります

土合駅は現在通常無人駅、なおかつ自動改札でもありませんから
土合駅
そのままするり改札を抜けます、すると思いのほか広い上下ホームへの分岐通路です

さっそくそのモグラ駅たる下りホームまで向かいます

国道291号線をまたぐ鉄橋を渡ります、、すでに味わい深い、そんな構造体です
土合駅
ちなみに国道291号線はこの先新潟県境近くで1回途切れて登山道となり新潟側国道291号線に繋がるという
徒歩含みである国道、、第一級「酷道」としてもマニアには喜ばれています

下りホームへと続く階段のてっぺんです

、、、、、地下深々と一直線に階段は伸びていました
土合駅
唐突に現れる気合いばしった巨大構造体に一寸おののきましたが、、、

旅友と相方と3人、いざ地下へと潜っていきます
土合駅
歩を進めると地下特有のヒンヤリ感が感じられ

やっと中頃を過ぎたあたりでしょうか、、462段は長いです
土合駅
階段脇にはエスカレーター設置スペースがありましたが結局エスカレーターは付きませんでした
賢明かと思います、、、なにしろ土合駅は谷川岳登山者専用そんな趣なのですから

地下深く、、、、、下りホームに到着しました
土合駅
薄くモヤが立ちこめ

どこかに迷い込んだような
土合駅
地方線のいち下りホームが

まるでフェリーニやジュネのセットの様にも感じられ
土合駅
立ち去りがたい雰囲気でした

ホームには小さく囲われた待合室とトイレも設置されています

また谷川岳が「魔の山 人食い山」等と呼ばれ、登山事故死数ぶっちぎりのワールドギネスとなっている事からか
ある筋にとってこのホームは心霊スポットにもなってるらしい、とのことでした、、(@_@;)

モグラ駅の地下ホーム堪能したら見学終了、階段を上って地上へと向かいます
土合駅
中間点には簡単な休憩ベンチ置かれていたり、ちょっとした登山気分

階段上り口には↓の案内看板
土合駅
土合駅
登り切ると、ねぎらいと励ましの言葉が掛けられます (^^ )

駅舎外から見た国道291号線に架かる鉄橋です
土合駅

今は新幹線や関越道にとって替わられ乗降客も少なく1日五本程度運行の寂しい駅となりましたが
一時は谷川岳を目指すハイカー達が列を成し改札口に向かっていた、そんな時代もありました

土合駅

魔の山目指す猛者達が土合のホームに立ち、我先にと足慣らし。長い階段を駆け上がっていった
そんなエピソードも残っています

旅のアトラクションとしても一級かと思います

(写真/Olympus E-5/ZD 11-22mm F2.8-3.5/Olympus E-PL3/LUMIX G VARIO 20mmF1.7)

湖東小旅・湖東三山 


湖東小旅モノはまだ続く、、ということで今回は湖東三山
琵琶湖の東岸に位置する湖東三山は西明寺、金剛輪寺、百済寺の総称、、、天台宗の名刹だそうです

土地で「お多賀さん」と呼ばれ親しまれている「多賀大社」お参り済ませて寺社巡りはスタート

湖東三山

「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」
そんなことも言われている多賀神社でした

湖東三山

さて湖東三山巡りです、はじめに龍応山西明寺

国の名勝庭園指定「蓬萊庭」本坊庭園を抜けたら山門までの登り坂

湖東三山

むした苔が美しい径を行けば二天門、迎えるは七難即滅を願う大わらじです

湖東三山

それにしても国宝、重文の多いお寺でした

国宝第一号指定という本堂ではお寺の方の案内付きました
撮影不可でしたのでお見せする事は出来ないのですが鎌倉前期仕様という本堂の造りは素晴らしく
そのくすんだ雰囲気はどこかチベット地方のゴンパ(チベット仏教寺)を思わせます
本堂に居並ぶ仏像彫像群がまた素晴らしく
彫像のパーツを見ていくとヒンズー教のストーリーや密教の様式、古来の自然宗教までが入り交じり
この時代西方から流入した様々な人気の信仰様式を従来型にダイナミックに取り込み融合させていった
そんな姿が見てとれました

国重要文化財である二天門に立つ持国天と増長天、こちらも重文だそうです

湖東三山

精緻であって構造的、威圧的かつ均衡があります、、鎌倉後期作と言われています

いまや日本を代表する文化の一つとでも言いましょうか、、フィギュアモデルですね
その原型開祖を思わせるこの流動的な造形と作り込み、、、

湖東三山

時代を経た木地じゃ無ければ出ない風格です

湖東三山

宗教彫像はその座から持ち出して美術館で鑑賞するというのでは、それこそ美術工芸品になってしまいます
やはり宗教彫像は本来の座に在り「その場の気」をまとってこその存在、、現場で感じるに限りますね

本堂となりに立つ檜皮葺きの三重塔も国宝、鎌倉時代後期作と言われます
内部の壁画が凄いということなのですが限定公開ということ、、、残念でした

湖東三山

ところで本堂を案内して下さったお寺の方からお話を聞きました、、、

「さて当山の秘仏です、、、こちら湖東三山には秘仏なる本尊薬師如来立像がありまして、、
 それはもう住職一代に一度だけの開帳が許されているという秘仏本尊なのでございます
 そこで、、ご参拝の二人はすでにご存じのことと思いますが、、、その秘仏ですが、、、
 明日から公開になります、、しかも湖東三山三寺院それぞれが持つ秘仏、その同時公開、明日から、、、」

知りませんでした、、、まあ下調べをしないのはいつものことですね

湖東三山

この上なく空いた境内をゆったり回ったなぁと思ったらそういうことでしたか、、、

なんにしても滅多にない日ということですね、それもいいでしょう
この場の場合にぎやかよりも静寂が良い、、そう思いつつ湖東三山の次、松峯山金剛輪寺へと向かいました


(写真/Olympus E-5/Olympus E-PL3/ZD 11-22mm F2.8-3.5/LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4/G20mm F1.7)

湖東小旅・近江八幡 


さらにしれっと湖東小旅が続きます。今回は琵琶湖東岸の街、近江八幡です
このところ旅ものやっても旅終わりまで書けたためしがありませんが、、行けるところまでいってみたいと思います

近江八幡は豊臣秀次が築いた城下町、いわゆる近江商人発祥の地ですね
近江八幡
それでは土地の信仰を集め火祭りでも有名な日牟禮八幡宮から歩きはじめてみます

豊臣秀次の居城となった八幡山城は築城10年で秀吉の命による秀次切腹にて廃城そしてその一族をほぼ粛正
この辺り一帯の歴史はあまりにも激しいのです

天守無き八幡山山上へと続くロープウェイを眺め、ものの哀れを感じつつ、、、先へ行きます
近江八幡

近江八幡と言うと近江兄弟社のご存じ「メンタム」だったりもしますが
近江八幡

甘味屋の「たねや」も全国区でしょうか
近江八幡
とりあえずその洋菓子部門「クラブハリエ」を偵察しつつ、先へとすすみます

嬉しいことに桜ぴったしタイミングでした、八幡山城廻りを巡らせた「八幡堀」沿いを散歩してみます
近江八幡

幅員約15メートル、全長6キロメートルに及ぶお堀です
堀は城防御の軍事的な役割と共に物流の要として琵琶湖の水運利用、商業的役割も兼ねていました

近江八幡

八幡山城廃城後も江戸時代近江商人の物流に大いに貢献
当時は品物を積んだ船が行き交いさぞやの活気だったことでしょうね

近江八幡

堀沿いの遊歩道をゆけば白壁の土蔵や旧家が建ち並んで絵のように決まります

近江八幡

暴れん坊将軍、鬼平犯科帳等々時代劇のロケ地にもたびたび出てくるそうです

そんな近江八幡を代表する景観「八幡堀」ですが、1970年には全面埋め立ての計画がありました

近江八幡

ヘドロが溜まり悪臭を放つので堀を埋めて駐車場と公園にするといった計画でした
しかし反対市民活動が立ち上がり八幡堀復活を求める署名運動・自主清掃活動などで計画の撤回を迫ります

近江八幡

当時の八幡堀保存運動は八幡市民全体の運動へと展開していったそうです

高度成長期、、、あらゆるものを無頓着に軽く捨ててしまった時代ですからね、、、
良かったですよね、当時の一部の方々の懐肥やしのために壊してしまうことにならずに残せて、、、

おかげで今では天守閣無くともそのお堀風情で全国から大勢の人が集まっています

近江八幡

当時市民が立ち上がってお堀埋め立てにもしも反対していなかったら今の近江八幡は無かったかもしれませんね

かつての城主秀次が遺した土木建造物その景観が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されることも
甘味屋「たねや」のここまでの繁栄だって無かった事かもしれません

ワタシタチにとっても桜咲くお堀の遊歩道は近江八幡とが記憶に残るそんな春の散歩道となりました

(写真/Olympus E-5/Olympus E-PL3/ZD 11-22mm F2.8-3.5/G20mm F1.7)

湖東小旅・ひこにゃん 


春が来ました。長かった冬眠期も明けてやっと活動の季節です
ということでまずはジャブ的にひとつ体慣らしの小旅に出てみました

湖東小旅・ひこにゃん

車に軽く装備を詰め込んだらいつも通り高速深夜割引時間帯に出発一路西へ
なんとなく春はぼんやり琵琶湖かなぁ〜?ということにして滋賀県琵琶湖の東岸あたりを目指してひた走り

仮眠を終えて「彦根城」から始めてみるといきなり「ひこにゃん」の登場でした

湖東小旅・ひこにゃん

ゆるキャラブームの火付け役だったでしょうか、、、「生ひこにゃん」がおやつの海苔煎餅抱えて踊っていました

湖東小旅・ひこにゃん

2006年の彦根城築城400年記念イベントキャラクターとして誕生したそうですね
当時メインの築城400年記念イベントの認知度をはるかに超えた人気を得てしまった「ひこにゃん」

そんなひこにゃんは今も変わらずとっても人気!

湖東小旅・ひこにゃん

まるでモデル撮影会です、皆さん写メや動画をスマホで撮ってFBやツイッターにその場でどんどん配信拡散
これでは人気は衰えませんね、呼んだ人気がさらに人気を呼びます

湖東小旅・ひこにゃん

喜ぶ観光客を前にひこにゃんは愛嬌振りまき続けていましたが、いかんせん重いその着ぐるみ
「ひこにゃんは疲れて限界が来ました〜、おやつに帰りま〜す」そんな係員の声と共に去って行きました、、、

ひこにゃん、実は出会いのタイミングはレアなようで決まった出現は日に30分ずつの3回のみ

湖東小旅・ひこにゃん

しょっぱなからラッキーだったようですね (^^ )

さてさて彦根城、いまや12城しか残っていない現存天守の1つ
桜の名所でもあるのですが日本海性気候が入り込んだこの辺りでは桜はまだ咲き始めでした

湖東小旅・ひこにゃん

三分から五分咲き程度の花の中、湖東流紋岩が積み上げられた石垣の径を登ります

湖東小旅・ひこにゃん

石垣は築城された際越前衆が積んだという伝承がある自然石をそのまま用いた「野面積み、牛蒡積み」
嘉永7年(1854)の修理で積み直しされ、石の接合面を加工して積み上げる「打ち込みハギ、落とし積み」

湖東小旅・ひこにゃん

防御に優れた山の斜面を登るように造られた「登り石垣」敵の斜面横移動を防ぐ「竪堀」などなど

石垣スタイル色々を横目にしつつ国宝天守を目指して登っていきます、、、お城編続きます(^^ )


(写真/Olympus E-5/Olympus E-PL3/ZD 11-22mm F2.8-3.5/G20mm F1.7)